曲目紹介など program

高木東六のオペラ「春香」

7月10日の市民音楽祭・ファイルナルコンサートに向けて、昨日は指揮者の新倉健先生の初指導でした。
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今回のコンサートのメイン・プログラムのひとつが、高木東六によるオペラ「春香(しゅんこう)」です。朝鮮に伝わる「春香伝」という恋愛物語をオペラにしたもので、昼メロにピッタリのこんなお話です:

 府使の息子・李夢龍は、芸奴の春香と出会い、愛し合います。
 しかし、父の赴任期間が終わり、二人は離れ離れになります。
 新しい府使はスケベ親父で、美しい春香を我が物にしようとします。
 春香はスケベ親父を拒み、投獄されて処刑されそうになります。
 そこに李夢龍が現われます。彼は科挙に合格して官吏となり、
 隠密同心のような立場となって府使の悪事を暴いたのでした。
 こうして、李夢龍と春香は末永く幸せに暮らしましたとさ。

このお話は、朝鮮なら誰でも知っている有名なお話だそうです。
高木東六は、終戦直後、在日韓国人からぜひにと委託され、この物語をオペラにしました。

これは日本語オペラの名作になるのですが、その中で高木先生、「オペラは悲劇の方がウケる」と言って、物語の最後は悲劇に変えてしまったのだそうです(!)。
しかし、歴史の中に埋もれていたこのオペラを2002年に再演するにあたり、物語の原作に合わせてハッピーエンドに直したのだとか。

市民音楽祭ファイナルコンサートでは、前半のステージで5人の歌手と合唱によるコンサート形式でこのオペラ抜粋を上演し、後半のステージではフィナーレを歌手と米子管弦楽団で共演します。ハッピーエンドバージョンです(笑)

昨日はオーケストラだけの練習でした。本番までに、今後は歌手の白石先生や、合唱との合わせ練習も行うので、楽しみです。

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ブラームス交響曲第一番

学校の音楽の時間で「ドイツ3大B」としてバッハとベートーヴェン、そしてブラームスの3人を習うことがあります。

ブラームスはベートーヴェンの後継者と呼ばれることが多く、この第1番交響曲が、ハンス・フォン・ビューローから

 「ベートーヴェン最後の第9番交響曲を継ぐ『第10番交響曲だ』」

と賞賛されたのは有名な話です。

 

ブラームスは、若くから作曲を始めました。

しかし、交響曲だけはなかなか作曲できず、この第1番交響曲は着想から完成までに実に21年をかけました。

これは、ベートーヴェンの交響曲があまりにも傑作だったので、それがブラームスへのプレッシャーになったためだ、といわれています。

 

米子管弦楽団がこの曲に取り組む練習の中で、松尾先生は、次のように語っています:

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「ペール・ギュント」あらすじ

ペール・ギュントは、1867年にノルウェーのイプセンが書いた戯曲です(ちなみに日本では大政奉還の年)。その9年後に劇場で公演され、そのときにグリーグが音楽をつけました。

ペール・ギュントは物語の主人公の名前です。彼は夢想家で大ぼら吹きでした。これは、ペールが世界を旅して、最後に年老いて故郷に戻るまでの波乱万丈の生涯を、ドタバタと描く物語です。

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オペラ「運命の力」あらすじ

『運命の力』はイタリアオペラで、貴族の娯楽でした。そのストーリーは今の日本の昼メロ、韓流ドラマなみの濃い愛憎劇で、美しい令嬢レオノーラが愛と復讐の運命に翻弄されやがて命を失うドラマです。ここでは、オペラのあらすじをご紹介します。各幕のタイトルだけ、勝手に昼メロ風に名づけてみましたが、ご容赦ください:

第1幕 父への裏切りの代償(仮タイトル)
 18世紀の半ば、スペインのセヴィリアで、ひとつの悲劇が起こります。
侯爵家の令嬢レオノーラは、精悍な騎士アルヴァーロと愛し合っていました。しかしアルヴァーロがインディオの血をひいているために、レオノーラの父である侯爵は二人の関係を認めません。
可哀想なレオノーラは、その夜、アルヴァーロとの駆け落ちしようとしていました。家を抜け出そうとしたそのとき、それに気づいた侯爵が二人の前に立ちふさがります。怒り狂う侯爵を前に、アルヴァーロは持っていた銃を床に置いて話し合おうとしますが、ああ運命のいたずらか、銃が暴発して銃弾が侯爵の胸をつらぬいたのです。侯爵は娘を呪いつつ絶命します。

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オペレッタ「天国と地獄」

オペレッタ『天国と地獄』は、オッフェンバックが本領を発揮したパロディです。
19世紀の当時も高尚なオペラで上演されていた有名なギリシア神話を、徹底的に喜劇に書き換えしました。

元になったギリシア神話は『オルフェウスとエウリュディケー』で、こんな話です:

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オルフェウスは、後に「こと座」になる竪琴を弾いていた、ギリシア神話では有名な吟遊詩人です。さて、彼は大変な愛妻家でしたが、妻のエウリュディケーが毒蛇に噛まれて死んでしまいました。そこでオルフェウスが冥府に下り、黄泉の王プルトンに竪琴を弾いて頼みこんだ結果、「黄泉から戻るまで決して振り向かない」という条件で妻を取り戻せることになりました。しかし、もう少しのところで不安で振り向いてしまい、妻とは二度と会えなくなりました。
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余談ですが、同じ話が、日本ではイザナギとイザナミの冥府めぐりの話として伝わっています。舞台となった黄泉平坂(よもつひらさか)は、米子の隣の安来市にあります。

さて、この名作がオッフェンバックの手にかかると、こんなパロディになりました:

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オッフェンバック

オッフェンバックは、ドイツで1819年に生まれ、後にフランスに帰化して、フランスで大衆に大人気の作曲家となりました。
ちなみにウィーンで大衆に大人気となったヨハン・シュトラウス2世は彼の6年後に生まれたので、ほぼ同時期の作曲家といえます。

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トリッチ・トラッチ・ポルカ

トリッチ・トラッチ(Tritsch-Tratsch)とは「おしゃべり」という意味のドイツ語なので、「おしゃべりポルカ」のような名前の曲です。

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ヨハン・シュトラウス2世

「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世は、1825年、ウィーンで生まれた。

彼が生まれるのを待っていたかのように、2年後にベートーヴェンは57年の生涯を終えた。そのころ日本は江戸時代末期、ヨハン誕生の3年後に西郷隆盛が生まれる。

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