Vnの後藤さん⑪ 米管の録音(後編)
米管の演奏会で、本番のときと、練習のときの音量、どれくら違うと思います?
ちょっとは違う・・かな?
ほんのちょっと?
いやいや、5dB(デシベル)か6dB位は、確実に違いますよ。
5dB違うって、つまりどういうことなんですか?
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米管の演奏会で、本番のときと、練習のときの音量、どれくら違うと思います?
ちょっとは違う・・かな?
ほんのちょっと?
いやいや、5dB(デシベル)か6dB位は、確実に違いますよ。
5dB違うって、つまりどういうことなんですか?
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米管の定期演奏会の録音は、後藤さんがなさっていますね。
たいがい僕がやっとる。
今度(2001年当時:第15回定期演奏会)もやらなくちゃって思ってます。
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ご自分が音楽を聴くためのオーディオには、凝っていますか?
僕はね、あんまりこだわらないんですよ。
それより、「ああ、この曲はこういうニュアンスの曲か」っていうのが楽しい。
あとは、演奏会のためにどんだけ時間を節約するか(笑)
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プロのCD録音では、ミスした音を入れ替える修正とかあるでしょう。
プロが録音する場合は、全部マルチ録音で採ってますけんね。
マルチで採っとるけん、何べんでも試行錯誤できるんですよ。
マルチ録音は、マイクを何本も使う録音ですよね?
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それでは、後藤さんのお仕事の話を教えて下さい。
59年1月に、「有限会社 後藤」という会社を、設立しました。
「興す」というより、今まで会社にしてなかったのを、会社にした、と。
いちおう、設立したときは、不動産管理です。
すぐに、「ラジオ・テレビに関わる番組制作、コマーシャル制作にかかる事業」というのを(事業の登記内容に)付け加えて、録音事業を始めたんです。
コマーシャル録音とかラジオ番組録音の経験があったから、そういうことをするようになりました。
野球の音屋とかできます。
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後藤さんは、2ndバイオリンのトップを続けておられますね。(*2001年当時)
演奏ではどんなことに注意されていますか?
この間の練習で、
「ちょっと強い、アクセントありますか?」
って注意されましたけどね・・
後ろの人に「このタイミングだよ」いうのが分かるような弾き方してあげないけんな思って、やったら、力が入ったです。
「しまった、これ絶対言われるな!」
思ったら、案の上言われました(笑)。
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卒業後、そのまま米子に帰られたんですか?
ホントはね、大阪に就職する予定だったんですよ。
それで就職まで決まっとったですけど、事情があって、結局2月に帰省した。
それで、こっちでアルバイトを始めました。
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そんな学生運動の中で、オーケストラはどうしていたんですか?
あのね、オーケストラなんかは大学の「文化団体連盟」いうのに、加盟してるんですよ。
それ(文化団体連盟)が、
「練習やってもいい。」
「今ロックアウト中だけん学内に入れない。」
とか、いろんなことを言うわけです。
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入学がちょうど69年の安保の後でしょう。
そのために、僕らの新学期が遅れて、4月の末だったんですよ。
それまでにね、前の年の4年生の卒業が、4月にズレこんでいるんですよ。
そうか、学生運動の時代ですね。
安保時代の大学の話を聞かせてください。
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小学校以来、ずっとバイオリンを続けられたんですか?
初めてだけん、初めは面白かったです。 だけど、周りにだ~れもいないでしょう。 家では練習はせんようになった。
毎週、とりあえず先生のところでケースは開けてバイオリンを弾くと(笑)。
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バイオリンを始めた頃のお話を伺わせて下さい。
僕には、学年で3年離れた姉がいるんですよ。
その姉がね、小学校1年からピアノ習っとった。
僕はそれを下から見て育っとるけん、
「僕も小学校に入ったら、なんかそういうのをさせられるんだ」
と、信じ込んどった(笑)。
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オーケストラの魅力のひとつは「人」です。
次の記事から、米子管弦楽団の個性的なメンバーを紹介します:
後藤 宣夫 (ごとう のぶお)
バイオリン奏者。 セカンドトップを長くつとめる。
米管創設メンバーの一人。
定演の録音を担当しており、実は音響についてはプロフェッショナル。
2001/12/26 居酒屋にてインタビュー
担当:神庭、八木
それでは、インタビュー記事をどうぞ
http://yonakan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/vn_dcc1.html
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それでは、作曲者別に、お勧めの1枚を教えて下さい。
まず、ベートーベンではいかがですか?
ベートーベンのお勧めは・・面白いのは7番かな。
ワルター指揮/ニューヨークフィルの演奏がいいですよ。
ワルターにしては荒れています。
むきになったような感じです。
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バーンスタインの他に、どんな指揮者がお好きですか?
好きな指揮者はワルターです。
トスカニーニも面白い・・厳格なところがいいね。
だらけているときに良い気がする(笑)。
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楽器を始められたのはいつですか?
初めはね、小学校2年生のときにピアノを習ったんですよ。
手が大きいから、
「おまえはピアノが向いてる」
って親に言われてね。
でもね、あの頃ピアノなんて習ってるのは女の子だけでね、イヤだったんです。
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オーケストラの魅力のひとつは「人」です。
次の記事から、米子管弦楽団の個性的なメンバーを紹介します:
板倉 良多 (いたくら りょうた)
米管(よなかん)トロンボーン奏者。
曲目・演奏家など音楽知識の幅広さでは米管(よなかん)で1,2を争う。
次々と新しい音盤を吸収するパワーの源はあふれる好奇心。
2002/2/3 喫茶店にてインタビュー
担当:神庭、八木
それでは、インタビュー記事をどうぞ
http://yonakan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/tb_e901.html
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弦楽器の私から見ると、管楽器の人は休みの小節が多くて、練習中退屈しないのかと思うのですが(笑)?
合唱でもあるの。
「じゃあバスだけ歌って」
っていうとき、テナーとか他のパートの人が、
「そんな時間が長くてつまらん」
いうのとおんなじことでしょう。
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本田さんはいつから団長なんですか?
何にもわからんうちに、穐鹿さんから平成10年に引きついだ。
何で私に振られたかわからんですけど・・
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たくさんの合唱団体に関わっていらっしゃいますね。
そのお話を聞かせてください。
合唱をやりだしたのは、子供が小学校に入ったときです。
PTAコーラスがあった。
それ以前に、町報かなんか広報紙で(PTAコーラスが)あるって読んでね。
「子供が入ったら参加しようか」って思ってた。
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大学を卒業した後は?
こっち来たの。
就職はしたこと無い。
すぐね、米子管弦楽団を紹介してもらってね。
米管ができてすぐの頃で、52年。
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(高校の吹奏楽は)秋までやったんだけど、それで止めた。
6時まで部活やって帰ると、8時半なのね。
ピアノを練習する時間が無いがん。
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ご出身はどちらですか?
香川県の、高松より30キロくらい東にある町です。
1万足らずの、小さい町ですよ。
白砂青松の、きれいな海水浴場があってね。
初めに、本田さんと音楽との出会いから教えて下さい。
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オーケストラの魅力のひとつは「人」です。
次の記事から、米子管弦楽団の個性的なメンバーを紹介します:
本田 祐美子 (ほんだ ゆみこ)
とってもやさしい現在の米管団長。
ファゴット奏者。ピアノはプロ並の腕前で、定演でピアノ協奏曲も披露。
合唱活動にも熱心に取り組み、地域の6つの合唱団を指導・伴奏する。
2001/11/16 喫茶店にてインタビュー
担当:神庭、八木
それでは、インタビュー記事をどうぞ
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最初の指揮者は、斎城英樹さんですか?
うん。
いちばん最初、指揮者を誰にするかってことで、いろんな話があったんです。
結局、広島の大学を出た人がおって、その人が斎城さん(S50~S52)を連れて来た。
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穐鹿さんはずっと米子にお住まいですか?
ええ、そうです。
それで、私も何か仕事せないけんですが。
あっちに勤め、こっちに勤めね、いろんなことやってきました。
だけど、なかなか身が入らん(笑)。
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その頃の音楽鑑賞事情はどうでしょう?
今なら、どんな曲でも、すぐにCDが聴けるじゃないですか。
あのね、当時ね、各家庭でステレオをぱ~んと買って、レコードぽんぽん買って・・そういうところまで、みんな、いかんかったんですよね。
財政的問題というとおかしいけど。
ですけぇ、戦後、「レコード鑑賞会」なんてぇのがありました。
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当時、学校を卒業したら、どういう進路が普通だったんですか?
普通の会社に勤めるとか・・まあ、どっちかといえば事務系ですけん、
それで、
「上の学校に行くか?」
って話もあったんですけど、上の学校に行くほどの頭もないし、自分の家のこととか、いろんなことを考えると、とても行けない。
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いきなり失礼ですが、お年はおいくつですか?
70才です。
あのね、もう、すごい人生なんだがん
もう・・メチャクチャというかね。
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オーケストラの魅力のひとつは「人」です。
次の記事から、米子管弦楽団の個性的なメンバーを紹介します:
穐鹿嘉雄 (あいかよしお)
ビオラ奏者。でも本業はバイオリン奏者。
現在の米管創設者。初代団長。
創設以来、ずっと米管を支え続ける、米管最大の功労者。
2001/10/9 アイカ楽器店にてインタビュー
担当:神庭、八木
それでは、インタビュー記事をどうぞ
http://yonakan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_bc88.html
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友の会に入ってもらって、1200円のチケットを1000円で郵送するんです。
そうすると、数は確保できますから。
ゲネプロは友の会の人に公開するんだ。
公開練習(笑)。
団の運営も改善したいと思っています。
他のオーケストラでは出来ているけど、うちのオーケストラではできていないことが、すごいたくさんあるんですよね。
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やめようと思ったことは無いですか?チェロは面白くても、楽団は面倒くさいことが多いじゃないですか。
やめようと思ったことは無いですね。
たしかに面倒くさいことは多いけど、米子管弦楽団は好きなんですよ。
私自身は、米子管弦楽団で育てられたところが多いんですよ。
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以前、原田さんは「ブックスタート」の会で演奏されましたね。あの試みは面白いと思いました。
まず、「ブックスタート」って何かを教えてください。
元々「ブックスタート」っていうのは、「赤ちゃんに声を出して本を読んであげよう」っていう運動なんですよ。
イギリスで始まったんです。
赤ちゃんは、聴いてないようで実際は聴いています。
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3歳の反抗期があるのはわかりました。中学生くらいにはまた別に反抗期があるんですか?
それはまた別もんですね。
大人になっていく過程で、子供が子供でなくなるときだと思います。
例えば体は大きくなっていくし、背も伸びていくし、力も強くなっていくし・・・。
親に負けないくらいにね。
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では突然ですが、小児科の先生としての原田さんに迫ってみましょう。
質問ですが、「反抗期」ってどういうものなんですか?
生まれたばかりの赤ちゃんは、全部親に頼っているんですよね。
だから、どの人に対しても笑ったりするんです。
だけど、だいたい8~9ヶ月頃に人見知りし始めるんです。
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原田さんは小児科のお医者さんですね。どうして小児科を選ばれたんですか?
ほっぺたのプヨプヨ感がいいですね(笑)。
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米管はいつからですか?
昭和55年か56年だと思うんです。
「弦楽の響き」っていうのがありました。
吉田先生がいて、今岡先生がいて、「二つのバイオリンのコンチェルト」をやったんですよ。
それとか、ブランデンブルグ協奏曲の3番とかの頃から、かり出されてました。
あのころ、(米管には)弦しかいなかったです。
穐鹿さんとか後藤さんとかがいてね、
「こういうのあるから来ないか?だまされたと思って・・・」
って言われて、楽譜ポンって渡されて、
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オケを始めたのは大学の2年になってから?
1年の終わりです。
1年目の定期演奏会のときはシベリウスの2番をやりました。
ですけど、そんときは受付のところで、チケットのモギリをやってました。
2年目のときにチェロで出ましたです。
「未完成」だったかな・・・「未完成」じゃなくて「不完全」でしたけどね。
そのころね、本学の方もすごい部員が少なくてね。
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フルートは中学校の2年から始めたんですよ。
ブラスバンドもありましたけど、入りませんでした。
まったく知らないのに行くのは恥ずかしいじゃないですか。
1年目からじゃないし、途中から入るとちょっと恥ずかしいなあと思って・・・。
結局それで、高校のときも入らなかったんです。
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そうして初めて聞いたのがモルダウでした。
おお―、ラッキーでしたね。
そうそう、初めて聴いた曲で、あれはすごく鮮烈な印象だったですね。
しかも、物語が載ってるでしょう。
雨のしずくが集まってできた源流から始まって、それがひとつの川になる。
それが狩りをやってる中を流れて行ったりとか、みんなダンスしているところを流れて行ったり・・・
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音楽を始められたのはいつですか?
私が子供だったころはね、音楽とは全然関係なかったですね。
クラシックなんてまったく知らなかったし。
中学校になるまで「未完成」ってベートーベンが作ったと思ってました。
親も、クラシックはぜんぜん・・・
けど演歌は大好きだったですね。
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オーケストラの魅力のひとつは「人」です。
次の記事から、米子管弦楽団の個性的なメンバーを紹介します:
原田友一郎 (はらだゆういちろう)
米管のチェロ・トップ奏者。
あちこちの演奏会でも大活躍ですが、練習の面倒をみたり運営でも大活躍です。
「米管の貴公子」とも呼ばれるやさしい笑顔と甘い音色にファンも多いはず(?)
昼間は小児科のお医者さんです。
2002/6/16 洋風居酒屋にてインタビュー
担当:神庭、鈴木真百合、八木
それでは、インタビュー記事をどうぞ
http://yonakan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_cc1a.html
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