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2008年2月25日 (月)

トリッチ・トラッチ・ポルカ

トリッチ・トラッチ(Tritsch-Tratsch)とは「おしゃべり」という意味のドイツ語なので、「おしゃべりポルカ」のような名前の曲です。

この曲は、ヨハン・シュトラウス2世が1858年に作曲しました。
比較的初期の作品で、弟ヨーゼフがロシアを演奏旅行したときにパバロフスクで初演しています。

ヨハンが作曲した数多くのポルカと同様、軽快でコミカルな曲です。

ヨハン・シュトラウス2世は生涯で約100曲のポルカを作曲しました。
「雷鳴と電光」や「狩り」が有名ですが、「冗談ポルカ」や「電話越し」、曲の最後に爆発音が入る「爆発ポルカ」、シャンペンの音が入る「シャンペンポルカ」など、風変わりなポルカも多くあります。

ポルカは2拍子の軽快な舞曲で、1830年頃から社交場舞踏として流行しました。

男女がペアになって、片手は握り合い、もう片手は相手の腰に回して、軽快にステップを踏んだり(ポルカ・ステップ)、回ったり(ポルカ・ターン)します。
当時は舞踏ホールが多く建設されたのですが、そこではポルカと3拍子のウィンナーワルツと代わる代わる演奏され、男女が密着して楽しめる遊び場として流行したわけです。
おかげで外国人からは、「ウィーンの女性は親が決める前に自分で結婚相手を見つける」と驚かれたとか。

ウィンナーワルツやポルカは、父ヨハン・シュトラウスの活躍によって民衆に流行し始め、その後を継いだヨハン・シュトラウス2世の活躍によって、民衆だけでなく貴族にも大流行するようになりました。

ヨーロッパの歴史的には、1815年からは「ウィーン体制」と呼ばれ、オーストリア・ロシア・プロイセンなど貴族制の大国が支配していました。
しかし、民衆運動が高まって1848年に革命が起こり、それ以降ウィーン体制は崩壊していきます。
ちょうどこんな時期に貴族がポルカとウィンナーワルツに熱中していたのですから、貴族の世の中が終わって当然ですね。

ヨハン・シュトラウス2世も歴史に影響したのかもしれません。

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