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2008年1月14日 (月)

ビオラの穐鹿さん⑦ 戦後の音楽鑑賞事情

その頃の音楽鑑賞事情はどうでしょう?
今なら、どんな曲でも、すぐにCDが聴けるじゃないですか。

あのね、当時ね、各家庭でステレオをぱ~んと買って、レコードぽんぽん買って・・そういうところまで、みんな、いかんかったんですよね。
財政的問題というとおかしいけど。
ですけぇ、戦後、「レコード鑑賞会」なんてぇのがありました。

喫茶店とかね、それからどっかの店先を借りるとか。
例えば喫茶店なんかでステレオ持っとって、レコードかけて、それを聞かせてもらいに行くよったです。
CDでないですよ、何回転ってやつ(笑)。
ですけぇ、聴こうと思えば、行きて聴けば聴けたんです。

よく聴かれていたんですか?

うん。
「今日はどこだかである」
いうて、行きて知らん顔して腰掛けとぉけんね。
それで、その、バイオリンの曲にものすごく、熱中してしまった。
俗にいう、名曲ですな。
自分が弾けもせんのにな。

それから、終戦後、ポツリポツリですけど、演奏家が来てね、(演奏会を)やりよった。
バイオリンとか、ピアノとか、声楽家とか、ね。
当時ね、諏訪ネジコ、もちろん知っとられんでしょうけど。
巌本真理、それから、辻久子。
ああいう人が。
それでも、西高の講堂が、多少舞台らしくしてあって、あそこで演奏会をしたですが。

公会堂ができたのはいつですか?

年代がはっきりわからんですけど。
米子市公会堂は、当時としては山陰一、すばらしいですがな。
皮肉なことに、(米子管弦楽団が活動を)止めとるときに、公会堂ができたんですが(昭和33年完成)。
公会堂ができたのに米子管弦楽団はボツになっとんたんですが。
それでね、もう、どういうか、話にならんというか、くやしくてね。 

(続く)
http://yonakan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_2644.html

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